2009-01-06

NHKスペシャル「世界“カイテンズシ”戦争 寿司vsSushi」を見て

つい最後まで見てしまいました。
見た感想をまずは箇条書き。

・YO!Sushiのロゴが「ソワ!Sushi」にしか見えない
・エンガワの代替魚が3代目
(過去の代替魚は水揚げなくなったとか言ってますけど、それって乱獲っていうんじゃね?)
・ザリガニの養殖に力を入れる中国を見て、ナタデココを思い出した
(スシがブームに終わらないことを祈ります)
・世界中で魚が食されるようになれば、需要と供給の関係から言って値上がりもするよな~



もう少し詳しく、考えたことを書いてみます

1) 代替魚乱獲による生態系への影響は?


中国の水産会社の社長が代替魚探しに一生懸命な姿が映されていました。
回転寿司で代替魚が使われているという知識はあったのですが、過去のエンガワ代替魚がことごとく揚がらなくなっていることのほうが驚きでした。
安く入手できるとなると、とことんまで取り尽くしてしまうんですね。
生態系に与える影響が心配になってしまいます。

放送されたシーンも、回転寿司の会社の人たちが安く仕入れることに頭を使う描写ばかりで、環境のことなんかこれっぽっちでも考えている様子は描写されていませんでしたから。

そうなると、まだしも養殖して「生産」してやるほうがマシに思えますが...

2) 世界的スシブームは続くのか?


中国でザリガニ、アワビの養殖にはげむ業者たち。
養殖ですから、準備にコストがかかります。生産調整も難しいのではないでしょうか。
彼らのコメントから、スシブームは去らないという認識であることがうかがえました。
ほんとかなぁ。
私はこのシーンで、ナタ・デ・ココのことが頭をよぎりました。

1993年の日本でのブームによる消費量の急増により、現地のココナッツ生産者らは特需景気にわき、また需要に供給が追いつかなくなるほどでもあったため、設備投資をして生産力増強を行った。
しかし、生産設備の増強で供給量も増大する頃にはブームが終焉、さらに日本の大手食品メーカーが国内生産に成功したために原産地で加工する需要が激減、生産者らは残った莫大な負債に苦しむ事となった。


ナタ・デ・ココ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%82%BF%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%82%B3

投資回収できるまで、ブームは続くかな?
たとえブームから定着してもどうだろう。
私が経営者だったら、現地で養殖できないか、模索して、できるならそうしたいですね。



しかし、この番組を放送する前に、関連各位は中身チェックしたのかなぁ。
正直、回転寿司と水産業界のイメージダウンにつながる要素がたくさんのような気もします。

Read More...

2008-10-05

「ケンちゃんラーメン」はいつまで新発売なのか

子どものころ、「ケンちゃんラーメン」というインスタントラーメンが売られていました。
このCMがいつまでたっても「ケンちゃんラーメン 新発売!」と言っていたので、当時の小・中学生はネタにしていたものと想像します。



最近これと似たものを見つけました。
「新1000円札」対応の自動販売機です。いつまで「新1000円札」なんでしょうか。
もう「新札」発行から4年経過しているんですよね。
E券とかD券とかで周知徹底したほうが古いお札の対応も切り捨てやすいと思うのですが。

日本銀行券 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E9%8A%80%E8%A1%8C%E5%88%B8


さて、自分の仕事を振り返ると、「次期システム」という言葉もやっかいです。
現在担当しているプロジェクトが、まさにこんなネーミングです。
今や「次期の次期」の構築になっているんですが...
「三次オンラインシステム」というように「○次」としたネーミングのほうが、後から振りかえったときにわかりやすいですね。

「システムに歴史あり」で、どういう経緯で発展してきたかを整理すると、「当時の合理性」というものが露になります。当時としてはいい選択だったとしても、現状では正しいとは限りません。
技術も発展しているのですから。

Read More...

2008-08-30

ローマのキリスト教、日本の創価学会

塩野七生『ローマ人の物語』の文庫本も、単行本XII巻「迷走する帝国」まできました。

ローマ人の物語 34 (34) (新潮文庫 し 12-84)

文庫本34巻では、ローマ帝国のなかでキリスト教の勢力が伸びてきた理由を、ギボンとドッズ教授の著作から分析していました。
以下、ドッズ教授の著作まとめ部分から引用。

塩野七生『ローマ人の物語 34 迷走する帝国[下]』pp.186-188

この集団の構成員がともに行っていたのは、宗教上の儀式だけではない。考え方から生き方すべてを、ともにしていたのである。反キリスト教論者のケルススが鋭くも指摘したように、この点こそがローマ帝国にとって最も危険な点であった。
 彼らは、同信の徒が不幸な境遇に落ちようものなら、物質上の援助を与えるのをためらわなかった。相互扶助がこの集団にとって重要な役割であり、それがまたよく運営されていたことは、ローマ側の認めていたことだった。
 しかし、恵まれない人々に手を差しのべる精神は、何もキリスト教にかぎったことではない。だが、三世紀のローマ帝国は、それまでのローマ人の社会福祉の精神をささえていた、公共心が薄れる一方であった時代である。それが抜けたスキ間に、他のどの宗教よりもこの面では積極的であった、キリスト教コミュニティが入りこんだのであった。
 キリスト教会は信徒たちに、生きていくうえでの基本的な保証を与えるようになっていた。生活に困っている寡婦を助け、孤児を引き取り、老人や失業者や、その他の社会の脱落者に手を差しのべていたのである。貧しい人には葬式を出してやり、疫病が流行れば、病院の役割まで買って出ていたのだった。
 しかし、これらよりも何よりも、キリスト教会が三世紀のローマ人に与えるのに成功したのは、多くの人がそれなしに生きることがむずかしい帰属心であった。
 人々を苦しめるのは、自分はどこにも属していないという孤独感なのである。
 (中略)
 これらの人々が、キリスト教のコミュニティに加わることで、人間的は温かさを得られたのだ。誰かが自分のことを、現世でも来世でも、心配してくれると思えたのであった。
 これが、村よりも都市が、都市でもローマやアンティオキアやアレクサンドリアのような大都会のほうが、キリスト教信者が増大した要因であった。


この部分の記述を読んで、創価学会のことを思い出しました。
創価学会の主要な層は、農家から都市に出てきた人々です。そのなかでも、労働組合に所属することができないような層(つまり大企業に属していない)がメインターゲットでした。
そして、そのような層の相互扶助を担う共同体として機能していきます。



島田裕巳『創価学会』(新潮新書) pp.150-151
 創価学会員たちは、すでに述べてきたように、自分たちの故郷にある村を追い出されてきた人間たちである。あるいは、生きていくために村を後にせざるを得なかった人間たちである。おそらく彼らは、故郷を去るときに、都会で一旗揚げ、故郷に錦を飾ることによって、自分を都会へと追いやった故郷の人々を見返してやろうと考えたに違いない。
(中略)
出てきたばかりの都会で、生活の基盤を確立できておらず、寄る辺ない境遇におかれていた。都会で安定した豊かな生活を実現するには、それを助けてくれる仲間を必要とした。
(中略)
 学会員は、地域に生活の場をおいた庶民たちであり、その職種も各種の店主や店員、町工場の工場主や工員、個人タクシーの運転手、保母などに及んでいる。そうした人間たちが集まれば、どんなことでもこなすことができ、何か問題に直面したときには、他の会員たちが相談に乗ってくれるのはもちろん、手術を受けるなどというときには、皆で集まって「南無妙法蓮華経」の題目を上げてくれたりする。引っ越しや葬儀の手伝いもしてくれるし、福祉施設への斡旋が必要となれば、公明党の議員に紹介を依頼してくれたりする。


宗教のコミュニティに加わるということは、「信仰」という問題よりは、現実的なメリットが初めにくると考えます。コミュニティからもたらされる物質的な援助と、不安感をなくし、希望を持たせてくれるメリットが。

精神的に強いひとや、理性的にものごとを考えられるひとならば、「宗教に走る」ことは、鼻で笑うようなことだったり、批判の対象にするのかもしれないけど、まさに目の前の窮乏や不安な思いにさらされている人にとって、そんな議論は生きる役に立ちませんから。

Read More...

2008-08-26

通勤電車が読書タイムに向く理由

朝、ビルのロビーでのふたりの女性の会話。
A「Bさんって、家近いよね。」
B「うん、駅ふたつだからね。」
A「近いほうが楽だねー。私電車の乗っているだけで30分」
B「でも、Cさんは電車で1時間くらいかかるところにわざわざ住んでいるらしいよ」
A「えぇ? なんで?」
B「通勤電車で朝刊が読みおわらないから、だって」
A「わけわかんない。近くに住んで、家で読んでから出てくるなり、早く会社来て読むなり、近くのスタバで読むなりすればいいのに」
B「そうだよねー」




私には、Cさんの気持ちがわかるような気がします。
行き帰りの通勤列車内あわせて1時間半程度時間で、文庫、新書を中心に読書をこなしています。
職場が近くなったら、読書量がた落ちしそうです。

なぜ、電車のなかなんでしょうか。

自宅で、なぜ読めない?


「他にできること、やることがあるから」

子どもがいる家庭では、子どもが寝付くまでおちおち本も読めないでしょう。
パソコンにむかって、ネットサーフィンしてしまうかもしれません。
テレビを見てしまうかもしれません。

他に誘惑が多いのが、いけません。

喫茶店で、なぜ読めない?


「なんか落ちつかない」

コーヒーを飲み終わると、席に居座ることができない私は小心者。

職場で、なぜ読めない?


「仕事をさぼっているようにしか見えない」

職場で朝から新聞や本を読んでいると、さぼっているようにしか見えないのは私だけでしょうか。
しっかり勤務時間にカウントされているんでしょ?

電車が読書に向く理由


1) 他にすることがない
2) 落ち着く
3) 周囲の目が気にならない

電車のなかにいると、他にすることと言えば、ケータイいじるか、DSやるかといったところ。
音楽が流れ出るイヤフォンを耳栓がわりにして、読書に集中するにはいい環境です。

また、電車に乗るということは、目的地にたどりつくまでは、席を占有していても誰も文句はいいません。
下記のページを参考に混んでいる車内でも、落ちついて本に向かうことができます。

通勤電車で快適に読書する方法
http://www.asahi-net.or.jp/~nx7r-tsm/howto.htm

座席に座っていても、目の前に席を譲るべき相手がいる場合以外は、それほど周囲の目は気になりません。
別に職場ではないですからね。

トイレや寝る直前のベッドのなかも属性が似ていて、読書に向いているように思えます。
快適な車内読書を!

Read More...

2008-08-23

血液型別性格分類とコーチング

私はB型です


「自分の説明書」シリーズ、B型から売り始めるのはマーケティングの勝利だよなと思う、そんな私はB型。

血液型と性格が一致するとはまったく思っていない私ですが、「典型的B型」とか言われて腹立つのも事実ではあります。協調性くらいもっているわい、と主張。
血液型別性格分類の議論に敏感に反応するのは、B型です。はい。

私の血液型別性格分類に対する姿勢はこうです。
1) 他人の血液型を聞いてこんな性格と決めつける...というのは論外
2)「A型っぽい性格」なんていう分類に使うのはありと思う

私は、「典型的なB型」と言われるくらい、「B型っぽい性格」ですが、「B型っぽい性格」同士だとやりづらさを感じるし、「A型っぽい性格の人」とは、決定的に相性が良くない気がします。「AB型っぽい」人は、うーん、よくわからない。

とここまで考えて、そっくりなのあるじゃないかと思った。

私は「プロモーター」です


コーチングの研修で受講する、コーチ・トゥエンティワン社の「タイプ分け」です。

coach21 | コーチングスキルを身につけてビジネスに活かす・資格を取る
http://www.coach.co.jp/

Test.jp -- あなた自身を知るサイト
http://test.jp/

実際にテストを受けてみるとわかりますが、タイプは全部で4種類。
・コントローラー
・アナライザー
・プロモーター
・サポーター
に分類されます。

私がタイプ分けのテストを受けると、「プロモーター」のスコアが高く、「コントローラー」と「サポーター」がだいたい同じくらい、「アナライザー」が最も低くなります。
この傾向はいつも変わりません。

今回、test.jpで受けてみた結果は、
・コントローラー 47.62
・アナライザー 32.58
・プロモーター 66.13
・サポーター 46.00
でした。

コーチングの研修を受けた同僚に対して、「私はプロモーター」だと言うと納得します。
ええ、「B型」と同じように。

血液型とタイプ分けの比較


「A型っぽい」=「コントローラー」
「B型っぽい」=「プロモーター」
「O型っぽい」=「サポーター」
「AB型っぽい」= 「アナライザー」
だと考えると、ちょっぴり違和感があります。

B型っぽい要素には、プロモーター的要素と同時にコントローラー要素もあるような。

というわけで、こんな図を書いてみました。


私は上の図の解釈で、勝手に納得してます。

「AB型っぽい」
→ 分析はするが、最後は相手の主張に折れる
→ 「アナライザー」&「サポーター」
とかそんな感じです。




Read More...

母子ともに健康です..

気になっていたあの「事件」無罪判決が出たようです。

無罪の加藤医師が会見 「ほっとした」 大野病院事件 - MSN産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/080820/trl0808201948012-n1.htm

この事件、判決間近ということでブログの記事や、過去の新聞記事にも目を通してみたのです。

疑問に思えてならないことが、ひとつ。
いつから出産は「成功してあたりまえ」になったんだろうということです。
少なくとも遺族のみなさんの意識はそうなのではないでしょうか。

「産後の肥立ち」や「母子ともに健康」というのは消えつつある言葉のように思えます。

妊娠・出産は、女性の体にかかる負担がかなり大きく、出産や「産後の肥立ち」が悪いために、亡くなるかたもそれなりに多くいたはずです。
最近は出産もしくは産後に亡くなる人の話は、めったに聞かなくなりましたが...

お産SOS: (上)周産期死亡率と妊産婦死亡率/医療が向上 大幅に改善
http://blog.kahoku.co.jp/osansos/2007/06/post_53.html


40年代前半は200人を超えていたが、出産場所の主流が自宅から医療施設へと転換していくのに合わせ、劇的に低減。80年に19.5人と20人を切り、05年には5.7人になった。



下図も同ページから。




かなり確率が下がっているとはいえ、ゼロではないんですよね...

私には、兄がいたかもしれませんでした。(いや、兄がいたら、私は生まれていないかも)
流産という結果に終わったのです。
とても、出産は成功して当り前とは思えないから、こんなふうに思うのかもしれません。

Read More...

2008-08-21

スポーツと広告

オリンピックでサッカーやバレーボールを見ていて、少し違和感を感じたのは、広告のせいだと気がついた。
サッカーの各国リーグのテレビ中継や日本で開催されるバレーボールの国際大会だったら、クルクル変わる広告部分があるところに五輪マークがあるばかり。
オフィシャルスポンサーの露出って、どこでされているんだろう。NHKの放送を中心に見ているとわかりませんが、テレビコマーシャルでしょうか?

プレー中に映る場所に広告を出すのか、TVコマーシャルをうつのか。競技の特性によって、広告効果は異なるように思うので、思いつくところでまとめてみた。

サッカー

サッカーはキックオフから前後半のそれぞれ45分間、プレーが途切れることがないため、TVコマーシャルを入れることができない。
Jリーグが始まったころの地上波の中継では、45分の間にCMをつっこんでいたが、CM中にゴールが決まることがあってから、45分間はコマーシャルを入れないようになっている。
TVを意識した広告はピッチサイド、最近では、ゴール裏の部分にも、TVカメラを意識した広告が描かれていることがある。

野球(日本)

野球は、3アウトになれば攻守交代の時間になるので、TVコマーシャルと相性が良い。
ただ、試合の終わる時間のせいで延長とかするのが気にくわないけど。
以前は投手交代のところでもCMを入れていたように思う。
投球時センター方向からのカメラになってからは、バックネット部分に広告が入るようになったのではないだろうか。
スタジアムのフェンスは広告だらけだ。

バレーボール(日本開催の国際大会)

ラリーポイントになったおかげで、試合の切りかたで、結果がほとんど読めてしまうテレビ中継はなくなった。
でも、日本特別ルールがいろいろありすぎだろう...

制作者と視聴者の架け橋テレビコ
http://www.tvco.tv/interview/index.php?action=detail&id=50


─ラリーポイント制へのルール変更で、番組を成功させるために工夫されたところとは?

例えば日本戦の場合、2セット目と3セット目の間を通常3分のところを10分にしてもらいました。前半の振り返りをできる時間がほしかったんです。 また現在ではスタンダートになったものに、レッドランプシステムというものがあります。これは主審の前に小さな赤ランプを用意して、中継車がボタンを押していると点灯し、その間はサーブ開始の笛を吹かないでいてもらうんです。その理由は、少しでも時間を延ばしたいこともあるし、何よりもスロー再生を使っていいプレーをしっかりと見せたいからで、通常は7秒くらいのところを、最大で15秒くらいに伸ばしてもらっています。 また、スポーツ中継は生放送でみていただくのがベストだし、そうであるべきだと思いますが、しかしフジテレビは民放なのでスポンサーのCMも重要です。短い時間で終わってしまう危険を避けることを含めて、時差の少ないVTR放送にしています。 つまり、ラリーポイント制によって1時間足らずで終わってしまわないよう、2時間の見ごたえのあるバレー中継をお届けするようにしているわけです。
(中略)
コートをコの字型で囲む広告板をLED方式にしました。それまでは一定時間ごとに回転するドルナシステムと呼ばれる広告板だったのですが、LEDになることで広告の表現力が高まりました。また試合前の演出にも上手く活用できると考えています。



演出のほとんどない、うるさい解説もいないオリンピックのバレー中継は新鮮でしたよ。

野球(MLB)

MLBのTVでの広告は不思議だ。
フィールドレベルに広告がないようなので、プレイ中にはほとんど広告が画面に映らなかった。
日本でのMLB中継が始まるまでバックネット下のフェンスに広告を入れていなかったのではないろうか。
ノーラン・ライアンが現役だった1980年代には、ないように見える。
【ニコニコ動画】ノーラン・ライアン


アメリカンフットボール(NFL)

NFLはフィールドレベルでの広告がみあたらない。その代わり、TVコマーシャルを入れるタイミングを意識して、2minutes warningというNFL独自ルールがある。2Q/4Qの残り2分になると、強制的にタイムアウトになる。接戦の場合には、残り2分は最後の勝負どころでもあり、TVコマーシャル枠の値段もはるのではなかろうか。

アメリカンフットボール(NBA)

NBAはクォーター制になっている。クォーターの区切りとタイムアウトのタイミングがコマーシャルを入れるチャンス。NFL同様、接戦で行っているときの終盤のタイムアウトはチャンネル変えられる可能性が低そうだ。

やはり、プレーの途切れない、アイスホッケー(NHL)とサッカー(MLS)は、さすがにフィールドレベルにも広告があるが...

まとめ

1) 15分に1回くらい、プレイが途切れる
2) プレーが途切れる時間が1分以上ある
とフィールド上に広告が不要になる。

ただ日本はがめついのか、テレビが映すところに広告ありという印象だ。

Read More...

2008-08-18

若者はいつまでも若者ではない

Yes-プログラム


子どもといっしょにポケモンの映画を見るべく、シネコンに行ってきました。
お昼をマクドナルドで食べたのですが、トレイの敷紙にこんな記事が。
Yes-プログラムなるものの説明でした。
若者のビジネススキルを高めるために、厚生労働省がつくったプログラム。
マクドナルドはYes-プログラムの認定を受けているので、クルーとして働いて、Yes-プログラムを修得すれば、履歴書に資格として書くこともできるので、とっても便利。


マクドナルド 国が認める「YES-プログラム」
http://www.mcdonalds.co.jp/recruit/crew/yes/index.html

厚生労働省:「若年者就職基礎能力支援事業(“YES-プログラム”)」について
http://www.mhlw.go.jp/general/seido/syokunou/yes/

YESプログラムとは(首相官邸)
http://www.kentei.ne.jp/topics/yes0901.html


厚生労働省では、若年者(15歳~24歳)の就職状況が非常に厳しいことから、企業を対象とした実態調査の結果に基づいて、若年者の就職促進を図ることを目的とした「若年者就職基礎能力支援事業(YESプログラム=Youth Employability Support-Programの略)」を創設し、平成16年度から実施しています。



プログラムとしての実態はよく知らないですし、私が所属している会社の新卒採用で資格欄にこの資格を書いてくるような人がどれくらいいるのかも不明ですが、官邸の説明からすると、若年層(15~24歳)がターゲットの就職支援が狙いのようです。

新卒採用の氷河期と言われていたのは、おそらく2000年くらいまでで、その後大卒者の新卒での就職状況は好転しています。
このプログラムが開始されたのは2004年。
2000年時点で22歳で若年者であった人たちは、2004年時点で枠をはずれ、2008年時点では30歳になっていることになります。
新卒時点での、正社員としての就業状況が芳しくなく、本当に就業支援が必要とされている人々の層は、今30歳代に突入していて、このプログラムの対象外です。

完全に狙いを外してますよね。

おそらくこのプログラムが企画されたのは2000年前後で、実行に移している間に「本当に就職支援が必要とされているのは、若年層ではなく、正社員になりそこねた年代だった」ということが、表出してきたのだと思います。

若者は年をとる


若い人は海外旅行離れしてないよ - タケルンバ卿日記
http://d.hatena.ne.jp/takerunba/20080708/p4


……でも7年も続けば、そいつらもみんな年をとり、30代になっていくわけで。何故か30代の問題にはならんのだなあ。……ホワイ?



こちらの記事での旅行業界もそうですが、このような統計をまとめて発表している人や、それをもとに企画や政策を練る人って、「若者は年をとらず、いつまでも若者」で「現状は変わらない」と思っているのではないだろうか。
年金の問題やら、少子化の問題やらは、時間経過によって横軸がどんどんスライドしていくことを認識していれば、手は打てたのかもしれないけど。

横軸の変化を意識してもらえた「団塊の世代」


世代として認識されているのは「団塊の世代」くらいで、チヤホヤされていますよね。この人たちだけは、横軸の変化が常に注目されてきていると思います。
この世代がもうすぐ定年になるというだけで騒がれ、定年を伸ばしてみたり、リタイア後をあてこんだビジネスを考えてみたり...。

「団塊の世代」に対する注目ぶりを他の世代にも発揮してもらいたいもんです。
「団塊の世代」の人たちは、素敵な名付け親、堺屋太一に感謝すること!

Read More...

2008-08-17

守破離を感じて

東京国立博物館 特別展 創刊記念『國華』120周年・朝日新聞130周年 特別展「対決-巨匠たちの日本美術」
http://www.tnm.go.jp/jp/servlet/Con?pageId=A01&processId=02&event_id=5315



上野は国立博物館平成館まで行って見てきました。
似たテーマの作品を並べてみせることで、ふたりの作家の個性がわかりやすいように展示されていました。
組になっているふたりの関係は、同じ工房出身のライバル、師弟、私淑...とさまざまです。
直接の接点がない場合もあります。
そのなかで私が気になったのは、師弟関係にあったふたりの対決です。

応挙 vs 芦雪

このふたり、応挙が師匠で、芦雪が弟子。
芦雪は最初、応挙の有能な弟子だったのですが、スタイルの違いから、最後は芦雪が破門されたとも伝えられる関係だったようです。 (真偽は不明)
長沢芦雪 - Wikipedia
円山応挙 - Wikipedia

対決の展示としては、「それなりに似ているもの」「全然似ておらず師弟関係には見えないもの」がそれぞれ用意されていて、芦雪の守破離を感じることができました。
いや、「破離」くらいかな...?



音声ガイド


音声ガイドは有名どころの声優・ナレーター陣が声をあてていました。
(いったいどの層を狙っているのか...)

asahi.com : 朝日新聞社 - 特別展「対決-巨匠たちの日本美術」音声ガイド
http://www.asahi.com/kokka/guide/index.html

・全体ナビ: 松尾佳子
・運慶: 櫻井孝宏
・快慶: 森久保祥太郎
・雪舟: 飯塚昭三
・雪村: 古川登志夫
・狩野永徳: 内海賢二
・長谷川等伯: 斉藤茂一
・長次郎: 槇大輔
・本阿弥光悦: 中村正
・俵屋宗達: 小林清志
・尾形光琳: 窪田等
・円山応挙: 稲葉実
・長沢芦雪: 森川智之
・仁清: 平野義和
・乾山: 田中信夫
・円空: 近石真介
・木喰: 野島昭生
・伊藤若冲: 根岸朗
・曽我蕭白: 玄田哲章
・池大雅: 若本規夫
・与謝蕪村: 清川元夢
・喜多川歌麿: 野沢那智
・東洲斎写楽: 羽佐間道夫
・富岡鉄斎: 池田秀一
・横山大観: 加藤精三

一応、作家の個性に合わせて選んでいるのでしょうか。横山大観 → 星一徹とか。

Read More...

2008-08-10

街の記録

妻がかつて住んでいた土地のストリートビューをしていました。
「道変わってない」とか、「あの店なくなっている」とか言いながら。

Googleマップ ストリートビューが日本でスタート! | Google Mania - グーグルの便利な使い方
http://google-mania.net/archives/1030

もし、ストリートビューで過去履歴を保存し続けてくれて、10年前のストリートとか振り返ることができるようにしてくれたら、思い出にひたるツールとして素晴らしいものかもしれません。

もし、100年前のストリートを振り返ることができるようになっていたら、これは歴史資料です。
こんな感じで。

YouTube - Japan of 1930's
http://jp.youtube.com/watch?v=9BXPaz6KZvE


人が写ってしまっているのが問題視されているようですが、60年くらい経過したら当時の服装を見ることができるというのは貴重なのではないでしょうか。
あくまで、60年後の話ですが。

そうそう、2000年前のローマ・再現ストリートビューなんてあったら喜んで見ます!

Read More...

2008-08-05

運用を考えて実装するコスト

「どんなに悪い事例とされていることでも、それが始められたそもそものきっかけは立派なものであった。」
(ユリウス・カエサル)



犯行予告の収集・通報サイト - 予告in
http://yokoku.in/


予告.inのことを見ていたら冒頭の言葉が思いだされました。
「数億円かかるとか大臣はのたまうが、うちがすぐにつくっちゃる!」
と完全な善意で構築されたものですが...

予告.inもそろそろ威力業務妨害 - novtan別館
http://d.hatena.ne.jp/NOV1975/20080805/p2


予告.in自体に悪意がない、ということがいつまで免罪符になるのかには興味がある



しかし、批判の記事も出てきた今「なんでこんなことになってしまったのか」「批判されるような現状に陥いらずにすんだのか」を考えてみたくなったので、みました。

スタートライン


以下、孫びき。

矢野さとるは数億円の税金の無駄遣いを止めたのかもしれない。 - VENTURE VIEW
http://v.japan.cnet.com/blog/murakami/2008/06/12/entry_27004188/


[2008/06/11 20:57:32] satoru.netの発言:
たぶんソリューションとコミュニティーの2つの要素でやるべきと考える..
[2008/06/11 20:57:48] fukuyuki MURAKAMIの発言:
と、ゆーと?
[2008/06/11 20:57:54] satoru.netの発言:
つまり人海戦術で集める情報とロジック的に 殺す 殺人予告 とかであつまってくるURLを分析する2軸でやったほーが確実だとおもう


孫引きここまで。

・システムで対応する部分「殺すなどのワードでひっかかったURLの分析」
・コミュニティで対応する部分「人海戦術で集める情報」
が明示されています。

問題が起きているのは後者の運営、運用のようです。

運営の問題


今となっては、結果論ばかり。

他人の善意を頼る運営の危険性


犯罪予告を取り扱うというのは、センシティブなことですから、
・コミュニティ側の人間は実名で活動する
・ユーザ・パスワードによる認証をする
といった回避策が必要だったかもしれません。

匿名の悪意なんだか善意なんだかの様相を示しています。

通報に関する基準を作らなかったこと

通報に関する基準を設けて、できれば警察のひととコンセンサスをとっておけばよかったんじゃないでしょうか。
脊髄反射で通報を行なっているようにしか見えない、現状では。

犯行予告を共有するサイト「予告.in」はもう限界に達している - GIGAZINE
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20080731_yokoku_in_limit/


つまり、「犯行予告を収集する」のが本来の目的であり、それを見て通報するかどうかは利用者の判断にゆだねられるべきであって、たった一人の個人が判断すべきものではない、というわけ。判断できる限界を突破してしまっているがゆえに、拡大解釈を行って、犯行予告っぽいものは警察にとにかく通報しまくる、という現状になっているのです。



運用のことを考えるコスト(時間・費用)


システムを企画するとき、サービス、機能と同時に、「運用を始めたら、どういうイベントがあるのか?」ということを考える必要があると思います。イベントをリスクと言い換えてもいいかもしれません。
これを考えておかないと、あとで痛い目を見ます。
もしかしたら、盛りこむべき機能・設計に跳ねる事項かもしれないからです。

たとえばgoogleであれば、たくさんのユーザが同時に検索したり、サーバを追加したりなどといったイベントを考慮しないで設計・実装していたら...
検索結果の評判を聞いたユーザが殺到した時点で、レスポンスが落ちて、それ以上ユーザが増えなかったかもしれません。
Webページの情報を増やすことができなくなって、そもそもの売りであった検索結果の品質が下がってしまったかもしれません。
現在のgoogleではなかったでしょう。

身近でも、隣のサーバが保守期限切れで更改されることを考えていないシステムとか、Oracleのサポートが切れることを考えていなかったりとか、あるからなぁ。

もしかしたら、「数億円」のなかにはそういった「運用開始後のことを考えるコスト」も含まれていたのかな...と考えてみたり。

おこがましくも評価


予告.inが俺も死ぬほど嫌い
http://anond.hatelabo.jp/20080803232429


それで解ったんだけど、ああ、この人は自分が運営しているサイトが起こす問題を
仮定して、検証する作業もしてなかったんだなーとびっくりした。



予告.inの場合、スピード重視で機能面を満たしたシステムを見事に作りあげました。XSSへの対応も迅速だったと思います。
ただ、XSSに対応したような労力を多少なりとも割いて、先に上げた2点について、途中で軌道修正することもできたと思うのです。
運営を続けていくのなら、今からでもやるべきだと思います。

ただ、予告を集める場を作るということをやっても、ほとんど役に立たないということがわかった点は、それほど「悪い事例」ではないとは思います。
2億円の無駄遣いを防いだわけですから。

予告なしで凶行を実行する輩には、まったく無力でしたし。
悲しいけど。

Read More...

2008-07-31

製造・生産(production)と開発(development)

システム開発現場の活気を取戻そう(中)ウォーターフォールからの脱却 ビジネス-次世代IT産業論考(浜口友一):IT-PLUS
http://it.nikkei.co.jp/business/column/hamaguchi_it.aspx?n=MMIT2z000025072008

そしてよく考えてみると、ソフトウエアは製造工場で同じ形の製品を繰り返し大量生産するようなものとは違い、製品設計それ自体が生産物であり、2つと同じものを作ることはない。果たして、このような工場型の方式が向いているのかどうかという疑問もわいてくる。



だって、「生産」と「開発」は違うもん。

よく引き合いに出される自動車で言えば、工場でやっている「生産」というのは「同じものをたくさん製造する」ことでしょう。
「同じもの」つまり「製品」のコンセプトを決め、設計に落としていくことは、「開発」というのではないでしょうか?

そういう意味では、OSやパッケージベンダは自動車会社の「開発」に近い工程が回せているのかもしれません。コンセプトを決めるのは自分たちですからね。で「製造」はCD-ROMとライセンス文書のコピー。

SIというのは、顧客にコンセプトを決めてもらって「開発」に入るんだから、自動車産業のしかも「製造」をまねっこできないのは自明なんじゃないのか?
自動車の「開発」がどのように進められているのかは、参考になるかもしれませんが。

開発生産性が低い方が収入が多いって変だよね - ひがやすを blog
http://d.hatena.ne.jp/higayasuo/20080723/1216790705


実際の現場では、開発生産性が低くて、人月がかかるほうが売上が増えるというのは、紛れもない事実です。


「開発の生産性」と言われると、ちょっと違和感を覚えてしまうのはこのせいだったか。

Read More...

はじめてのAmazon

「インターネットでお買い物」するのが初めてだった人(=私の母親)を観察してみた記録です。
まとめると「メタファーに混乱」といったところでしょうか。

なぜ、Amazonで買い物をするのか

私の母から電話があり、Amazonでの買い物を手伝うことになりました。

電話の内容は、以下のとおり。
・欲しい本があるのだが、近所の書店では見つからなかった
・取り寄せも長い時間がかかるらしい
・母の会社の同僚に訊ねたところ、「アマゾンというインターネットの本屋ならあるかも」と言われた
・でも、インターネットで買い物したことがないから手伝って

そのまま電話でのリモートコントロールで、買い物チャレンジです。

レベル


母のITに関するスペックは
・パソコン歴20年(会社では仕事でずっと使っている Mac → PC98 → Windows)
・メールソフトやネット接続の設定は自分ではできない
・パソコンからメールを送ることもなく、Webブラウジングもほとんどしない(1ヶ月に1回程度)

仕事などで書類作ったり、社内のシステムを使うのには苦労がないけど、インターネットのことになるとさっぱり...ということです。

あと、やりとりの途中で通販もめったに利用していないことに気がつきました。

いざ、買い物...

電話する前にYahoo!を経由して、Amazonのトップページにはたどりついていたらしい。
だけど、ここからどうやって目的の本にたどりつけばよいのか検討つかず、途方に暮れて電話してきたとのこと。

Amazon
http://www.amazon.co.jp/



本屋だって聞いていたのに、このトップページでは何をしていいのか、わからないだろうなぁ。
広告がドーン、本の情報なんかほとんど載っていない。

[説明したこと]
目的の本の場所にたどりつくことが必要で、そのためには「検索」をすればよい。

[手順]
1) テキストボックスに本のタイトルを入力し、「Go」をクリック
2) 検索結果の中に目的の本があるか確認し、その文字をクリック
→ 目的の本のページにたどりつく

しかし、手順2)でとまどう。
「マウスを近づけたら、下線が引かれる本のタイトルをクリックすればいい」という、(私としては)暗黙の事項が通用していないことに気がついた。

Yahoo!から検索してAmazonまでこれたということは、最初から下線が引いてあればリンクとして認識できるということだろうか?
もっとサンプルが欲しいなあ。

買い物カゴに入れる

目的の本のページにたどりつきました。

[説明したこと]
本を「ショッピングカート」に入れて、「レジ」で支払いをします。

[手順]
1) 画面右側「ショッピングカートに入れる」をクリック
2) 画面右側「レジに進む」をクリック

手順1)で「『こちらからも買えますよ』ってあるけど、何?」と訊かれました。
私「古本でいいならそっちで買ってもいいよ」
母「新品がいいから、ショッピングカートに入れればいいのね?」

レジに進む際の関連商品の表示は、慣れてくると便利なのですが、初めての人には混乱のもとのようです。
私「ポテトにドリンクはいかがでしょうか? と言われるようなもんだ」
と説明を試みましたが、納得してくれただろうか。

ユーザ登録→支払い

レジに到達して、メールアドレスと配送先の登録です。

[説明したこと]
本を届けるのに住所・氏名が必要。通販と同じ。
注文受付などの連絡にはメールを使う。

[手順]
1) 「初めて利用する」に黒丸がついていることを確認する
2) 「メールアドレス」を入力して、「サインイン」をクリック
→ 画面が変わる
3) 氏名・住所などを入力する ※ 半角・全角に注意すること
4) 「この住所は、お客様の請求書送付先ですか?」「はい」に黒丸がついていることを確認して、「次へ進む」をクリック
→ 画面が変わる
5) 「通常配送」に黒丸がついていることを確認してクリック
→ 画面が変わる
6) 支払い方法を選ぶ。クレジットならば必要事項を入力する ※ 半角・全角に注意すること
7) 「次へ進む」をクリック
→ 画面が変わる
8) 内容を確認して、「注文確定」する。メールが届くはず。

画面の上の方に、下のようなプログレスバーがついているんだけど、当然見ていなかったです。
教えると、この順番でいろいろと選択や記入をしていけばよいのだとわかってくれた様子ではありました。



こちらでのはまりポイントは、4ヶ所。

その1、「サインイン」というのが理解されなかった。
現実世界の買い物で「サインイン」はしないですね。
説明はとりあえずあきらめました。

その2、「次へ進む」のに非常に慎重。
「前に戻る」ボタンがないんですよね...
「ほんとにこれでいいの?」と何度言われたことか。
画面のなかで何をすればいいのか、初めての人にはわかりにくい。

その3、1画面につめこみすぎ。
支払い方法を選ぶページが特にひどい印象です。
1. 支払い方法の選択
2. ギフトがどうとか選択
3. 繰り返し利用時のアカウント登録
以上、3つを同じ画面でつめこんでます。
混乱を避けるため、2.と3.は無視して先に進みました。

その4、手続の順番です。
現実世界の買い物では、
・支払い→配送手続
の順番になりますが、Amazonではこれが逆です。
通販だと注文票に注文した商品と配送先も書きますが、「ショッピングカート」とか「レジ」とかの比喩をしているから、かえってリアル店舗をイメージして混乱を招くのではないでしょうか。

文字入力時の半角・全角ではまらずにすんだのは、パソコン歴約20年が活きた結果だと思います。

電話をとってから注文確定まで約30分。しんどかったです。




電話から3日後、本は無事届いたようです。
連絡を受け、こちらもほっとしました。
母は余程ほしい本がない限り、Amazonを利用することはないように思います。
(どうせ利用するときには、電話が鳴るんだろうな)

じゃあ、自分だったらどういう画面や遷移の設計にするだろう?
1週間くらい、考えてみます。




試しに、Amazonおまかせリンクをはりつけてみました。

Read More...

2008-07-29

狩衣と中世の温暖期

夏の京都


先週、2泊3日で京都へ旅行に行ってきました。
3日ともおしめりなく、猛暑日ばかりでした。暑さに殺される感覚です。
クーラーもない時代、夏は鴨川周辺に亡骸がごろごろしてたんじゃないかと、ろくでもない想像をしてしまいます。

京都の暑さの中にいると、寝殿造りが高床式である意味がよくわかります。
夏をいかに涼しく過ごすかが問題なんですね。冬は十二単とか厚着しておけばいいし。
知識としてはありましたが、体験してみると非常に合理的であると実感します。

2日目には、「風俗博物館」を訪ねました。

風俗博物館~よみがえる源氏物語の世界~
http://www.iz2.or.jp/

平安時代の衣装を着られる体験展示があり、男性は狩衣を着ることができました。
実際着てみると、想像していたより動きやすく、風が良く通り涼しいです。
下半身も風通しがよいので、ジーパンをはくより、ずっと涼しい。

狩衣はもともと普段着でしたが、平安末期、院の出入りは直衣でなく、狩衣でもOKになったようです。
平安時代のクールビズといったところでしょうか。




狩衣 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%A9%E8%A1%A3






中世の温暖期


平安末期の京都は、「中世の温暖期」と時期が重なるので、自然と狩衣を公の場で着る習慣もできたのかもしれませんね。

「中世の温暖期」の存在については、有無それぞれの説があるようですが、当時の気温の記録が存在しないのがつらいところです。状況証拠しかありませんから。現在でも、地表付近の気温が網羅的にわかっているわけでもないようですし、過去の平均気温推移だって、19世紀以前はほぼ推測でしょう。




中世の温暖期 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E4%B8%96%E3%81%AE%E6%B8%A9%E6%9A%96%E6%9C%9F

7/29 2:00現在では、記述が「中世の温暖期はなかった」ほうに依っているようです。
でも、

屋久杉を使って1100年前の太陽活動の復元に成功 - プレスリリース - 東京大学 大学院理学系研究科・理学部
http://www.s.u-tokyo.ac.jp/press/press-2008-14.html

なんて研究もあるみたいです。

中世の温暖期 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E4%B8%96%E3%81%AE%E6%B8%A9%E6%9A%96%E6%9C%9F

また、現在明らかになっている証拠からは、これらの時期に世界的に寒冷もしくは温暖であったという同時性が認められない。よって、”小氷期”、”中世の温暖期”という言葉は過去の世紀で起きた、半球規模もしくは地球規模の平均的な気温変化の傾向を示す場合に限定されるべきではないかと述べられている。


とは必ずしも言えないのではないかなぁ。
ただし、

屋久杉を使って1100年前の太陽活動の復元に成功 - プレスリリース - 東京大学 大学院理学系研究科・理学部
http://www.s.u-tokyo.ac.jp/press/press-2008-14.html


現代における太陽活動度はある程度活発なレベルに分類されるが約1100年前の中世初期ほどではないこともわかりました。



だそうなので、現在の進んでいるという温暖化を太陽活動の活発化のせいばかりにはできなさそうです。

Read More...

2008-07-21

フィレンツェ式 VS ヴェネツィア式

フローチャート関連の議論のあと、システムエンジニアってなんだろうと考えていて、ふと思い出した塩野七生氏の文。
分業についてです。



ルネッサンスが花開いたフィレンツェはこんな感じ。

『ルネサンスとは何であったのか』(文庫版 P.87)

また、当時の工房が、美を追求することならば何でも引き受けるというシステムであったのも、フィレンツェ人の気質に合っていたのだと思う。絵画や彫刻にかぎらず、祭りに使われる旗から御婦人方の衣装や宝飾品、机上の置物から大建造物と、図面を引いたりデザインを考えたり金銀や銅を溶解したりと、あらゆる種類の仕事が工房では行なわれていたのです。その仕事の進め方も、専門ごとに分れていたのではない。見習い期間中はとくに、必要となればどこにも手助けに行かされる。絵具の調合をしていたと思ったら、金属を溶く火の前でふいごを手にしているという具合です。
(中略)
そして、何でもやれねばならなかった工房という学校で学んだ後に独立し、それ以後は得意な分野で才能の花を咲かせるのが、フィレンツェの芸術家の生涯のコースだった。


一方、ヴェネツィアは
『ルネサンスとは何であったのか』(文庫版 P.88)
画家は絵だけに、建築家は建築だけに専念していたヴェネツィア人とは大きな違いですね
(中略)
ヴェネツィアでは、効率性を重視したから専門化したのではなく、ヴェネツィア派の絵画の台頭が、フィレンツェ派の成功の後を追って成されたという事情によると思います。専門化とは、相当な成果があがった後ではじめて効果を発揮できるシステムだから。


今まさに、システム開発にとっての「専門」の定義が変わるときなんでしょう。
「ホスト」でのシステム開発で大きな成果をあげてしまった反動なのかもしれません。
分業体制とか、作りかたとか、ホストの名残りであることが多いですからね。

ホストでの開発も最初はフィレンツェ式で、みんななんでもやっていたんじゃないかなぁ。

もう一度、フィレンツェのような渾然一体に戻ってみる時期なのかもしれません。そうすればソースコードを書けないような人は淘汰されていくんでしょう。

私自身は思考も指向も、「フィレンツェ式渾然一体型」なんだと思います。
だいたい、専門職と言われるのが好きではありません。なんだよ基盤の専門職って。
製品買って組みあわせるのが基盤か?
システム作るのにやれることはなんでもやるんじゃないの?
データ設計とか担当外だからって口出しちゃだめなの?

やばい、愚痴になってきた。

Read More...

フローチャートではかれるのは「段取り」の力だけ

フローチャートの議論で、フローチャートなんて、研修や新人を教育するときにしか見たことないです。

参考URL

フローチャートとFizzBuzz問題 - novtan別館
http://d.hatena.ne.jp/NOV1975/20080719/p2

言語なんて何でも一緒(でない場合もある) - ぼくが真実を口にするとほとんど全世界を凍らせる
http://d.hatena.ne.jp/goodbye_bluemonday/20080720/p1

フローチャートの呪い - カレーなる辛口Javaな転職日記
http://d.hatena.ne.jp/JavaBlack/20080719/p1

システムエンジニア不要説 - masayangの日記(ピスト通勤他
http://d.hatena.ne.jp/masayang/20080719/1216511611




COBOLで処理するバッチ系の処理であれば多少、役にたつかな...と思いますが。
フローチャートでわかるのは、ちゃんと段取りを踏んでいるかどうかだけです。

・ファイルオープンする前にマッチング処理開始、データどこから読むんだよ...とか
・おいおいそれじゃ、マッチング元のレコード上書きされているじゃないか
などという事態を未然に防ぐことができます。

もちろんできる人は、こんなばかばかしいことしないと思いますが、経験のない新人なんてこんなレベルなんです。

たとえば、会議の調整をするのに、参加者のスケジュールの空き状況確認しないで
「会議室○○番が空いていたので、×月×日13:00からでお願いします」
などと、いきなり言ってきたら、アホかと。私はその日出張で終日オフィスにおりませぬ。

少なくとも、

1) 必須の出席者を確認
2) 出席者の共通の空き時間を確認
3) 出席者のスケジュールを抑える
4) 会議室の空き状況確認
5) 会議室を抑える
6) メールなどで開催を連絡

ってな段取りを踏むでしょう。
でも、こういう段取りを踏むことができない人もいるんです。
ファイルを開かずにデータを読もうとしたりするんです。

システムエンジニア不要説 - masayangの日記(ピスト通勤他
http://d.hatena.ne.jp/masayang/20080719/1216511611


もちろん、机上検証で見つかる凡ミスもあるだろうけど、そんなのはズボンもパンツも履かずに会社に向かうのと同じくらいのレベルの間違いだろう。



ズボンとパンツを履いているのか?と確認するためのツールがフローチャートです。
でも、そういう確認をしなくてはならないレベルの人がいるのも事実です。

※ 「こんなん採用してくるんじゃねー!」という話は置いといて...

こういうところから積みあげていかないと、「コードを書けないシステムエンジニア」を量産するばかりになってしまうことにはならないでしょうか?



10分で作るRailsアプリ アプリケーション編 - masuidrive
http://masuidrive.jp/rails/rails_app.html

しかしながら、フローなんかよりデータレイアウト(DBでのデータの持ちかたとか)を考えないといけないとかな...と考えたりします。

・全レコードをunloadするのが一日の始まりです
・1レコード、何カラムあるんですか?
・E-R図なんてものはないよな...正規化なんて言葉も知らないんだろうな
・なんとか区分やめてください。if分岐が、テスト工数が...
・テーブルレイアウト変わるから移行が大変面倒です。

これはフローの問題ではないよなぁ?

Read More...

2008-07-20

意識していれば泥になりづらい業界

下記2エントリを見て、腑に落ちました。
十年一日のやりかたでいるところに一石を投じることができれば、泥にならずに済むかもしれませんね。自発的な苦労がついてきますが。

泥カンと未来サミットとIT業界の現実 - ひがやすを blog
http://d.hatena.ne.jp/higayasuo/20080717/1216274298

10年泥が嫌ならITお勧めだよ - 雑種路線でいこう
http://d.hatena.ne.jp/mkusunok/20080717/it




2002年、新卒で入社したとき配属されたプロジェクトでの話です。
IT土方の頂点SIerの迷惑な新人として、社会デビューです。

プロジェクトの概要は以下のとおり。
(新人のときに見えたものなので、全体はまるで見えていないですが)



[全体]
・ホストで動いていた企業内の基幹(企業内会計)システム(旧)を、オープン系(新)に移行して、維持管理削減を目指す
・情報系のシステムを刷新(というかほぼ新規構築)
・移行期間中の基幹系システムの出力は新旧比較

[新・基幹系(筆者所属チーム)]
・新側のシステム開発
・開発言語はCOBOL
・新の本番サーバはUNIXだが、個々のプログラムの開発環境はWindowsのPC上で構築(Unix, WindowsそれぞれをサポートしているCOBOLコンパイラ製品を使用する)

[基幹系移行チーム(プロジェクト途中から筆者所属チーム)]
・旧→新への移行のためのプログラム/フロー/時間割作成
・移行データの洗い替え/検証



私が担当になったのは、移行データの洗い替え/検証の作業でした。

それまでは、指示にしたがって、Unix開発機のセットアップや本番で動く担当プログラムの開発に従事していたのですが、生産性は協力会社のばりばりCOBOLerには劣るし、ただの一作業者っていう感じで一生懸命、詳細設計して、コーディングして、単体テストしてました。

10年泥が嫌ならITお勧めだよ - 雑種路線でいこう
http://d.hatena.ne.jp/mkusunok/20080717/it

結局10年以上の経験を持つ先輩がいる職場って10年泥なんだよ。経験を積んだ先輩と生産性を比較され、出来が悪いんだから下積みやって追いつけ、となる。



移行データ関連の作業は最初、Unixの本番機とホストでやっていたのですが、プロジェクトでの環境の割り当て優先順位がどうにも低く、検証作業が予定通り進みません。
たくさんの端末で動かして、移行データ関連作業もはやくすませるのに、単体プログラム開発のとき使っていたWindowsのPCを使ってできないか? と上司に相談を受けました。

「UnixのシェルをWindowsのバッチで動かすようにすればいいんですよね? シェルが不足しているところも、現行システムJCLを見て、プログラム含めて同じようなものを作ればいいんですよね?」
「それができる人がいないんだ。やってみる?」
「とりあえずやってみます」

当時の私は、MS-DOS時代から*.batは触ってきているので問題なし。大学の学生用計算機環境はUNIXでしたので、*.shも読み書きできました。JCLは業界入ってからこのプロジェクトで見たのがはじめてでしたが、「だいたい、シェルみたいなものなんですね」と理解して、それほど困ることはありませんでした。

Job Control Language - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/Job_Control_Language

ただ、「それができる人がいないんだ。」という上司の言葉が信じられずにいたので、周囲の人々の知識なりを探ってみました。

ホストをメンテしてきたお客様のシステム部門では、Unixをわかる人がいない。
Unixのシェルについて詳しいとされていたチームメンバーは、「Windowsの*.batがわからない」とか言う。仕事の契約とか責任分界点のせいで、やるわけにはいかないのかと思っていたのだが、どうやら本当にUnixのシェルのことしかわからないらしい。
で、JCLが読めて、Unixのシェルがそこそこ読み書きできて、Windowsの*.batについてわかる人が私しかいなかった。

つまり、チームのなかではいちばん業界キャリアの浅い私が、オープン系のシステムの知識をいちばん(浅く広くの観点では)持っていて、作業の効率化に貢献できた...ということです。
サンプルテストデータ作るのに、Perlや秀丸マクロ使って生成しているだけで驚かれたことに、驚いていました。
(2002年当時は、SIerの現場ではそれほど浸透してになかったんでしょうか?)

この仕事をこなしてから、プロジェクトでの居心地が格段によくなりました。
本当に小さな小さな世界ですが「JCLとUnixシェルとWindowsバッチがわかる専門家」扱いです。んで、「専門家」とされている部分で、質問されたとき答えられないといけないから、より必死に勉強する、と。
また、仕事の量は減ったものの、今までは仮眠時間に割り当てられていた会議で、無責任に発言ができないので、精神的にしんどくなりました。

泥カンと未来サミットとIT業界の現実 - ひがやすを blog
http://d.hatena.ne.jp/higayasuo/20080717/1216274298

「新しいことに挑戦して道を切り開かなければいけない」


ってことですね。レベルはぜんぜん違いますけど。
これをやらないと、10年下の後輩にも、お客さまの期待にも負けちゃいます。

以上、自分の体験から、10年先輩のやりかたよりも新人のやりかたの方が生産性が高いなんてことがありうるこの業界、開発フェーズについては、泥になりづらいのではないでしょうか。

※ SIerの対顧客窓口(営業とかプロマネも含め)については、どちらかというと「泥」でいくしかない世界だと思っています。もうすこし、考えてみたいとは思います。

Read More...

2008-07-11

なぜシステム部門を持たない?

使い回しの提案が目立つ「できます」と簡単に言うな:ITpro
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20080703/310127/


店舗のオペレーションも昼と夜とでは違う。代金の支払い方法は、カフェの時間帯は前払いだが、バーの時間帯は後払いになる。二つのサービス形態に対応できるよう、POSシステムを構築する必要がある。

このことは、営業担当者が事前にプロントの店舗を実際に利用してみれば、分かることだろう。事前に足を使って調査することもなく、「簡単に導入できます」と言われると、不信感を抱いてしまうものだ。たとえ技術力がどんなに高いと分かっていても、システム再構築のような大きな仕事を任せようという気にはなれない。




この辺はなっとく。
自分たちのことをちっとも気にしていないような営業と仕事はしたくないわね。

使い回しの提案が目立つ「できます」と簡単に言うな:ITpro
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20080703/310127/


当社は全国に約190店舗を展開しているが、事業規模でいえば年商160億円の中堅企業。専任のシステム担当者もいない。

私が所属する経営企画グループの役割は、情報化戦略の企画立案だ。システム開発・運用の実務まで手が回らないのが実情である。

我々が求めるのは、情報システム部門の代わりとなって、社内を駆け回ってくれる存在。システム開発や運用・保守といった技術的な業務はもちろん、利用部門との調整作業といった役目もお願いしたい。少なくとも“使い回し”精神の企業と付き合う気はない。



その「実情」とやらを、なんとかしたらどうなんだろう。
190店舗という規模は、逆にいえば、使い回しのシステムしか提案されないものなのではないか?
なぜ、きめ細かなPOSシステムを求めながら、社内を駆け回る専任のシステム担当者を作らない?

少なくとも、社内の調整にも主体的に動かずにSIer丸投げな企業と付き合いたくない.....こともないか。

SIerとしては、いいカモかもしれないっすね。
うまく入りこめば、中毒体質にできるかも。

Read More...

2008-07-08

フェアトレードとフードマイレージ

フェアトレードってなんだ?


お昼にウェンディーズに入ったら、フェアトレードコーヒーなるものを販売していました。
↓ですかね。
Fairtrade Style-フェアトレード スタイル - フェアトレードニュース
http://www.fairtrade-net.org/modules/news1/article.php?storyid=104


このフェアトレード・キリマンジャロコーヒーは、キリマンジャロ山麓に暮らすルカニ村をはじめとするコーヒー生産者32グループが育てたコーヒー豆です。
貧困格差を生まないために生産者と公正に直接取引し、直輸入されたコーヒー豆を採用しています。




どうしてもひっかかる...
なぜ、生産者と公正に直接取引し、直輸入することが、貧困格差を生まないことにつながるんだ???
そして、公正な価格であることを誰が担保する?
本当に格差は生まれていないのか?

中間業者をなくすことで、販売者(この場合ウェンディーズ)が安く原料を仕入れられるメリットはすぐに思いつくのだけど。

Fairtrade Style-フェアトレード スタイル - フェアトレードって何?
http://www.fairtrade-net.org/modules/contents/index.php?id=1


その原因は、生産者が自分で販売先を選ぶことができないため、売値を仲介業者から買い叩かれる状態にあること、大きく変動する市場価格、多くの生産者が同じ種類の農作物を作っているという状況、あるいは異常気象による不作などとさまざまです。




ふむふむ。
問題意識はわかった。

でも、どうしてフェアトレードをすると、これらの問題が解決するの?
自分で販売先を選べない状況は変わらないんじゃない?
フェアトレードになったら、市場価格が変動しようと高値であるときと同じ額で購入してくれるの?
不作でも生活を保障してくれるぐらいの額で買ってくれるの?

Fairtrade Style-フェアトレード スタイル - フェアトレードって何?
http://www.fairtrade-net.org/modules/contents/index.php?id=1


また、利益を追求するあまり環境への影響を考慮しない生産方法がとられるようになり、例えばプランテーションの規模拡大を目的とした過度の森林伐採や、生産量を増大させるための過剰な農薬散布というような問題も出てきています。



上の記述は、直接取引するようになっても生じうる問題じゃないのか。
フェアトレードの方がお金が入るんでしょう?
だったら、たくさん作ってもっとお金を稼ごうとするのでは?
「環境への影響を考慮しない生産方法」ではない、というのは誰が担保するの?
売値が2倍になっても、生産量が半分になっては同じではないのか?
結局、プランテーションを温存して、コーヒーを作りつづけてもらわなくては困るんでしょう?


フードマイレージとの関係


最近、地産地消とかよく言うけど、この考えかたとフェアトレードってなんか矛盾しないか?
フードマイレージなんか考えたら、日本じゃコーヒー・紅茶飲めないでしょう?
緑茶を飲めばいいですが。

フードマイレージ・キャンペーン food-mileage.com
http://www.food-mileage.com/about/


フェアトレードも、だいじなエコアクションです

途上国の人が作る有機栽培の農産物を適正な価格で買い、経済的な自立を応援する、フェアトレード。フードマイレージのことだけ考えると、遠くの国の食べものはCO2を出していると思いがちです。しかし、世界には「熱帯雨林の伐採」や「焼畑農業」など、「環境を守る」よりも「食べる」や「生きる」を優先せざるをえない現実をかかえる国々があります。なるべく自然を壊さない方法で育て、ちゃんとした価格で購入するフェアトレードは、途上国の環境と暮らしを守るとても大事なエコアクションなのです。フードマイレージへ取り組むときには、あわせてフェアトレードのものもえらんでください。




だめだ。理解できない。
フードマイレージかかるじゃん。
だいたい、地産地消だけで日本人養おうとしたら、明治時代初期の3000万人くらいが関の山でしょう。

つまり、
・地産地消できるものはなるべくそうしましょう
・コーヒーとか輸入に頼らざるを得ないものはフェアトレードで
ってことですか。

なんか都合よくない?
地産地消 → 先進国:自給率あがる、途上国:輸出前提の作物、取引額下がる
フェアトレード → 先進国:仕入れる側が仲介業者を介すことなくマージン払わなくてOK、途上国:メリットがよくわからない。


解決策


途上国で地産地消、自給自足を広めたらいかがでしょう。
そちらの方がよほど、貧困の解決につながるような気がしますが。
『世界 ふしぎ発見!』でも7/5放送で取り上げられていましたが、キューバはその手でうまくいっているようですね。

有機農業と地域経済 4 キューバにおける有機農法
http://www.econ.keio.ac.jp/staff/tets/kougi/chiiki/chiiki03/f-4.html


この様に,あまりにも海外に依存していた状態が背景となって,コメコン崩壊が引き起こした食料危機こそが国をあげて有機農業に取り組む直接の原因となったわけであり,結局のところ日々の生活を生き延びる為の方法として有機農業を始めるしかなかった.有機農業の基本は,高付加価値商品を開発するためではなく,あくまでも自給にあったのだ.



ほくと未来ネットワーク : タイマグラとキューバ
http://mirainet.exblog.jp/5175258/


国が丸ごと自給自足に挑戦する、キューバの話題です。ちょっと前にキューバの現状を農業中心にレポートした分厚い本を知人から勧められて読んだ事がありました。初めはキューバなんて古めかしい社会主義を棄てきれない、過去の国のような印象を勝手にもっていたんですが、まさに大きな鱗が目から何枚も落ちるような体験でした。まさに痛快なエコロジック革命が、大して世界の注目を集めないで行われていたんだということです。それも冷戦の終結、ソ連の崩壊。アメリカによる経済封鎖という大ピンチの中で。同じ立場の北朝鮮がああなって、キューバはこうなった。一体何が違っていたのでしょうか?
分厚い本というのは吉田太郎さんという方の書いた「200万都市が有機野菜で自給できるわけ—都市農業大国キューバ・リポート」ですが、北杜市の図書館にも何冊かありますので、お薦めです。元気が出ます。




今度、読んでみます。

Read More...

2008-02-23

RSSリーダーはコンシェルジュじゃないから

参考



RSSリーダーに関する議論を見ていて、昔(10年くらい前)、IE4で「チャンネル」というプッシュ型のサービスが提供されたときのことを思い出しました。

従来のプル型サービスにとってかわるサービスで、通信の隙間を利用して情報を配信するんだということだったと思いますが、結局普及しませんでした。だって面白くないチャンネルばっかりだったんだもん。

情報配信の仕組みそのものというより、情報利用者の主体性という意味でPush、Pullを

  • Push:情報提供者がコンテンツを送信する。配信者のほうがより主体的な状態。

  • Pull:情報利用者が情報配信者にはたらきかけることで、必要な情報を得る。利用者のほうが主体的な状態。


としましょう。

IE4搭載のプッシュ型のサービスに「チャンネル」という名前をつけたのは、TVをメタファーしていたんだと思います。
TVはこてこてのPushです。情報提供者が作成したコンテンツを配信するだけです。
利用者はチャンネルを選択する自由という主体性はあります。

では、上記のPush,Pullで、情報サービスを比較してみると

新聞



  • Push: 編集の締め切りまでに到達した情報に対し、ニュースにすべき情報を記者が選別、記事を作成し、見出しの大きさという重みをつけて、利用者に提供する。(1面)

  • Push: あるテーマにそって記者が特集記事を作成し、利用者に提供する。テーマを選ぶのは記者、編集者。(社会、生活など)


Googleで検索



  • Pull: 利用者がキーワードを入力する。

  • Pull: 世界じゅうのWeb上の情報からそのキーワードがヒットしたページを表示する。検索結果は、PageRankという仕組み(たくさんのページからリンクされているページはいいページだ)を用いて重みづけされて、スコアが高い順に表示される。


人力検索はてな



  • Pull: 利用者がポイントをかけて質問を入力する。

  • Push: その質問者に対して役立つ回答ができると思った回答者が回答する。


RSSリーダー


では、この並びでいくとRSSリーダーはどうなるか。

  • Pull: 利用者が気にいったブログやニュースサイトが配信しているRSSを登録する。

  • Push: サイトが更新されるたびに、勝手にRSSが配信されてくる。


新聞・雑誌やgoogle検索にあった「重みづけ」という機能がすっかりなくなっています。
人力検索はてなは複数の回答があった場合、自力で重みをつけなくてはいけません。どの回答が求めていたものかなんてわからないのに。
このあたりが、「面白いがお金を払ってまで使いたいとは思わない」の原因のような気がします。

コンシェルジュのありがたいところは、利用者にとって最適と思われるサービスをきっちり重みづけをしてコーディネートしてくれるところにあると思います。
その土地に住みついたりして、慣れてきたら、自力でそういうことがこなせるようになるかもしれませんが、それまでは編集してもらった情報をあてにするほうが楽でしょう。

RSSリーダーはなにもコーディネートしてくれません。自分で関連性を見出してコーディネートしてやらないといけません。
配信されたRSSの取捨選択(編集権)は利用者側に委ねられているわけです。

これは私にとってはうれしいことです。
新聞社のサイトが配信しているフィード経由で記事を読み、その後で朝刊を見ると、自分のなかでの扱いの大きさと
見出しの大きさは違うわけです。だってオレが編集者だというわけですから。

でも、Web上で流れている情報に対して、主体的に重みづけをしたい人ってどれくらいいるんでしょうかね。
そんなにいないのではないでしょうか。

ユーザが「ほしいもの(what)を、ほしいとき(when)に、ほしいかたち(howだったり、whoだったり)で、適価に(how much)」提供するのがサービスだと思いますが、現在のRSSリーダーは多くの人の「ほしいかたち」ではないように感じます。

では、「ほしいかたち」ってなんだろう。
多くの人が新聞から乗りかえられるような答えが見つかるまでは、もしくは、多くの人が主体的に編集したいと思うようになるまでは、
新聞は存在価値を持ちつづけられるでしょう。

Read More...